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思考のクセ“バイアス”に注意!「医療行動経済学」を知って,意思決定に生かす<読書評>

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「(患者)どうしてこの先生は不安な気持ちをわかってくれないのだろう」,「(主治医)どうしてこの患者は治療方針を決められないのだろう」…

このような患者と医療者のすれ違いには,人間の意思決定に関わるバイアスが関わっていると,本書『医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者(大竹文雄・平井 啓 編集,東洋経済新報社)の著者はいいます.

ふだんの生活のあらゆる場面で私たちは,正しい情報をもとに自分の意思で選択し,行動していると思っています.ところが実際の私たちは,確実性を重視し,損失を嫌うがために,非合理的な行動をとりがちだというのです.

医療現場での意思決定は不確実性のもとで行われることが多く,周りの行動に影響されたり,さまざまな認知バイアスの影響を受けたりします.

本書では,医療現場における意思決定の現状を行動経済学の視点から解説し,合理的な行動を行うための助言もなされています.

行動経済学では,人間の意思決定には,合理的な意思決定から系統的に逸脱する傾向,すなわちバイアスが存在すると想定している.

そのため同じ情報であっても,その表現の仕方次第で私たちの意思決定が違ってくることが知られている.

医療者がそうした患者の意思決定のバイアスを知っていたならば,患者により合理的な意思決定をうまくさせることができるようになる.

また医療者自身にもさまざまな意思決定におけるバイアスがある.そうしたバイアスから逃れてできるだけ合理的な意思決定ができるようにしたい.

患者も行動経済学を知ることで,自分自身でよりよい意思決定ができるようになるだろう.(はじめに)

今回は,第一部 医療行動経済学とは より,医療現場で生じやすいバイアスについてご紹介します.

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医療行動経済学の枠組みと現状

「バイアス」とは,考え方や意見に“偏り”を生じさせるもの(大辞林)のことをいいます.偏見や先入観もふくまれます.

医療現場では,必ずしも患者は正しい情報にもとづく合理的な行動をしているわけではない,つまりバイアスがかかっているといいます.

患者が抱えやすい思考のバイアスについて事例をもとにご紹介します.

「ここまで続けてきたから」:サンクコスト・バイアス

(抗がん剤の治療をしている患者で,胸水が溜まって呼吸が苦しくなり,心臓も弱ってきている状況)・・・

主治医 「抗がん剤治療をこれ以上することは,さらに心臓に負担をかけるので危険だと思います.抗がん剤は中止したほうがよいと思います.抗がん剤は中止しても,うまく過ごすことができるように呼吸のきつさの治療は続けていきましょう.」

患者 「先生,ちょっと待ってください.確かに心臓が弱ってきているのだと思いますが,今までも多少の抗がん剤治療の副作用がありましたけれど大丈夫でしたよ.抗がん剤治療をしないでこのまま最期を待つなんてできないです.」 

・・・ (3ページより)

この患者が抗がん剤治療をやめたくない理由は,「ここまで10年間もつらい治療をしてきたのに,ここで中止したら治療が無駄になる(“もったいない”)」という思いがあるといいます.

これは行動経済学でサンクコストの誤謬と呼ばれるものです.サンクコストとは,「埋没した費用」という意味で,過去に支払った費用や努力のうち,もはや戻ってこないもののことをいいます.

この患者においては,過去に続けてきた治療はすでにサンクコストになっていて,今考えるべきことは,これから先の過ごし方であるということを理解してもらうことが必要です.

対する医療者は,患者のかかえるバイアスや不安を理解し,冷静に判断できる家族ともに,過去のコストよりも今後の治療におけるプラス面とマイナス面(将来の費用とメリット)で考えるように促すことが大事になります.

メリットとデメリット

「今はまだ大丈夫」:現状維持バイアス

主治医 「骨の痛みが出てきましたね.今後,症状が悪化し生活に支障が出る可能性も考えて,早いうちから症状緩和専門の先生に診察してもらっておいたほうがいいですよ.」

患者 「先生,骨の痛みはありますけれど,新しい先生に見てもらうまでもないです.」

主治医 「これから骨の痛みが強くなることもありますよ.」

患者 「新しい抗がん剤を始めたばかりですよ.まだまだ大丈夫ですよ,先生」

・・・(6ページより)

「現在の治療を維持したい,(専門医の受診は)まだまだ大丈夫」という患者の想いは,行動経済学でいう「現状維持バイアスが発生しているためだと著者はいいます.

そもそも人は,良くも悪くも現在の状態を変えることを嫌います.現状を変更するほうがより望ましい場合でも,現状の維持を好む傾向のことを現状維持バイアスといいます. 

現状維持バイアスが発生するのは,現状を変えることは「損失」と感じてしまうからだといいます.ここには損失回避(同程度の利益と損失であっても,損失の場合は,少しの損失で大きく価値を失うと感じる.つまり,利得よりも損失を大きく嫌う)というバイアスも生じています.

「今は決められない」:現在バイアス

(危篤状態にある男性患者が治療を受けている状況で,患者の妻が延命治療の有無について説明を受けている)

主治医 「・・・『心臓マッサージなどの延命処置を行わないで自然な形で最期を迎えることを希望する』というご家族もいらっしゃれば,『心臓が止まったとき,心臓マッサージなどの延命処置を希望する』というご家族もいらっしゃいます.ご家族としてのご意見はいかがですか?旦那さんならどう思われると思いますか?」

患者の妻 「今決める必要ありますか?急に言われても決められなくて…」

主治医 「そうですね.では,明日お伺いします.もしそれまでに心臓が止まったときはそのときお尋ねしますね.」

<そして,次の日>

主治医 「どのようになさるか決めてこられましたか?」

患者の妻 「いえ,なかなか責任が重くて決められなくて…」

・・・(8ページより)

この患者の妻の場合,つらい意思決定をしなければならないということは理解しているが,結果的に意思決定を先延ばしする「現在バイアスが生じているといいます.

現在バイアスは例えば,「ダイエットを始めようと思ったが,今日は食欲を優先し,明日からダイエットをしよう」といつも考えている人にもあてはまります.計画をしても,いざ実行するときになると,現在の楽しみを優先し,始めるのを先延ばししてしまうのです.

先の患者の妻に対して医療者は,「多くの人がこのような意思決定をしている」などの表現によって,選択にかかる心理的な負担を減らし,より望ましいと思われる選択肢を選びやすい環境を作ることで対応しています.

「『がんが消えた』広告をみた」:利用可能性ヒューリスティックス

(検診で大腸がんや肝臓の多発転移などが見つかった50歳代の男性は,新聞広告に「強力免疫力アップ剤○○○を飲んでがんが消えた!」という患者の体験談を見つけた)

主治医 「来週から入院して,抗がん剤を始めていきましょう.」

患者 「先日,新聞で『○○○でがんが消えた』という広告がありました.先生,知っておられます?体験談が書いてあって,副作用もほとんどないみたいで.なので,抗がん剤はそれでもだめなら挑戦してみたいんです.」

主治医 「私はその広告を知りませんが,そんなよくわからないものではなく,有効と証明された医学的根拠がある抗がん剤治療をお勧めしますよ.」

患者 「でも,新聞に大きく載っていたんですよ.免疫力でがんが治るって.」

・・・(10ページより)

このような医学的に証明されている治療法よりも,身近で目立つ情報を優先して意思決定に用いてしまうことを,行動経済学では利用可能性ヒューリスティックスといいます.

ヒューリスティックスとは,厳密な論理や正確な計算によって合理的な意思決定を行うのではなく,直感的に判断する方法をいいます.

「利用可能性ヒューリスティックス」には,正確な情報を手に入れないか,そうした情報を利用しないで,身近な情報や即座に思い浮かぶような知識をもとに意思決定を行う.医療者が提示する医学的情報ではなく,知り合いの人が使った薬や治療法を信じるなどもあります.

医療者にも生じうるバイアス

ここまで患者に生じるバイアスをみてきました.しかしバイアスを生じるのはなにも患者に限ったことではなく,医療者においても同様だとして次のような例があげられています.

・その治療における専門医は,専門としない医師と比べて,治療の効果が低くても治療を推奨する傾向にある.
・「ここまでせっかく治療を続けてきたのに,今あきらめるのはもったいない」
・「以前似たような病状の患で奇跡的な回復が見られたから,もしかしたら目の前のこの人にも同じようなことが起きるかもしれない」
・「以前余命の話をしたらうつになってしまった患者がいたから,この人にもその話をするのはまだやめておこう」

つまり背景にある専門知識や経験,置かれている立場などによって,医療者の判断が異なることもあるのです.またサンクコスト・バイアス(「今あきらめるのは,もったいない」)や利用可能性ヒューリスティックス(「以前の患者でこうだったから…」)によって,医療者の判断が影響を受けることもあるというのです.(86ページより)

ただ著者は,意思決定のバイアスが生じるのは,必ずしも悪いことではなく,人として自然なことだといいます.だからこそ,“意識的に(自身の意思決定を)振り返ってみることが役立つ”のです.

振り返り

結びに

本書を読むと,患者にも医療者にも意思決定のバイアスが生じることで,必ずしも合理的な意思決定をしているとは限らないと理解できます.

多くの患者は,必ずしも医学的に望ましいと思えるような意思決定をしているわけではない.医療者は,患者の意志決定の特性をよく理解して,情報の提供の仕方を考えるべきである.

また,患者は医師から与えられた情報をもとに,適切な意思決定ができるように,陥りがちな意思決定のバイアスを理解しておく必要がある.(13ページ)

この事実を把握しておくことで患者は,自分が陥りがちなバイアスを知って,適切な意思決定をするのに役立てることが大事です.

一方医療者は,患者がバイアスにとらわれることを想定して情報提供手段を工夫する必要があります.また自身の臨床思考にもバイアスが入り込む余地があることを認識し,意識的に振り返ってみる機会が有意義となります.

患者,医療者の双方にとって,正しい情報をもとに合理的な選択をする,治療方針についてしっかりとコミュニケーションをとりたいと思ったら絶好の一冊です.

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