健“幸”の流儀

最高のカラダとココロを手に入れる 

「動的平衡」で語られる生命の本質<読書評>

calendar

Pocket

“私たちはなぜ「うま味」に引きつけられるか”,“海外旅行に行ったとき,お腹の調子が変になるのはなぜか”,“人間の行動は遺伝子に支配されているのか”など,本書では身近な疑問から深遠なテーマまでを取り上げ,「生命の本質とは何か」という根源に迫っていきます.

『新版 動的平衡2 生命は自由になれるのか(福岡伸一著,小学館新書)の著者は,分子生物学を専門とする生物学者であり研究に励む傍ら,絵画や哲学にも造詣が深く,多くの著書や独自の生命論や絵画の解説,エッセイなどを発表されています.

「生命の本質とは何か」という根源的な問いに対して著者は,「動的平衡」という見地からアプローチします.

「動的平衡」はルドルフ・シェーンハイマーの提唱した「生命の動的状態」という概念を拡張し,著者が次のように生命を定義付けたものです.

それを構成する要素は,絶え間なく消長,交換,変化しているにもかかわらず,全体として一定のバランス,つまり恒常性が保たれる系 (79ページ)

前著のなかでも,“生命現象を特徴づけるものは自己複製だけでなく,むしろ合成と分解を繰り返しつつ一定の恒常性を維持するあり方,つまり「動的平衡」にあるのではないか”と提起しています.

同名を冠する前著に続いて,本書の命題を次のように挙げています.

私たちは,常に,生理的な欲求,脳が命じる行動,あるいは静的な欲求に突き動かされ,束縛されている.これは遺伝子の命令であると言うこともできる.そして,これはドーキンスの利己的遺伝子論の源泉でもある.

しかし,同時に,私たちはその命令を相対化し,それに背くこともできる.私たちは結婚しないでいることもできるし,家庭を持たないでいることもできるし,子どもをつくらないでいることもできる.「できる」ということは,つまり,そのような可能性・可変性もまた生物の有り様の一つなのだと考えてよいだろう.

とすれば,遺伝子の中には,「産めよ殖やせよ」という命令の他に,あらかじめ別の種類の命令が含まれていることになる.それは「自由であれ」という命令だ.(46ページ)

つまり,『利己的な遺伝子』を著して,生命は「自己複製するもの」と定義したリチャード・ドーキンスや,「適者生存」という進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの論理だけでは説明できない生命現象があるというのです.

生命現象や進化は,突然変異と自然選択の原理以外の何かによっても制御されているのではないだろうか.(45ページより)

遺伝子にもともと含まれているであろう「自由であれ」という命令の由来と意味を考えることが本書の命題だと述べて章が始められます.

今回は本書で取り上げられるテーマからいくつかをピックアップし,ご紹介します.

スポンサーリンク

遺伝子の働きは音楽における楽譜と同じ

生命現象を考えるうえで,人類の歴史に脈々と受け継がれてきた遺伝子の存在を外すことはできません.しかし遺伝子が絶対という立場もとりません.

遺伝子は私たちを規定し,運命づけているように見えるけれど,それは楽譜の音符のように使う音の高さと長さを規定しているだけだ.つまり各細胞で使うべきミクロなパーツのカタログを与えているにすぎない.

遺伝子の集合体であるゲノムは,だからプログラムでもなく,指令書でもない.それくらいの強度で,どんなフレーミングで,どんな指使いで弾くのかはすべて奏者に委ねられているのだ.(52ページより)

つまり,この私たちの姿形やあり方,行動の習性は,すべて遺伝子によって決定づけられたものではないというのです.なぜならヒトをふくめた生物は,しばしばDNAに書かれていない形で存在したり,振る舞ったりしているからです.

では遺伝子以外の何が,生命を動かしているのでしょうか?

遺伝子と環境要因との架け橋となる学術分野として,エピジェネティクスが注目されています.エピは「外側」,ジェネティクスは「遺伝子の」を指します.エピジェネティクスは「遺伝子の外側で起きていること」,つまり「遺伝子以外の何が生命を動かしているか」を考える学問分野です.

つまり遺伝子が“発現”するかどうかは,環境との相互作用にのみ委ねられていると考えています.それが“自由であれ”という命題に込められているようです.

遺伝子の働きは音楽における楽譜に喩えられる

同じ楽譜でも,奏でられる音楽は奏者によって異なります.生命現象における遺伝子の働きもこれに似ています.

遺伝子の働きについて,エピジェネティクスを指示する立場から次のように要約されています.

たぶん,遺伝子は音楽における楽譜と同じ役割を果たしているにすぎない.記された音符の一つ一つは同じでも,誰がどのように演奏するかで違う音楽になる.

遺伝子はある情報で私たちを規定するのと同時に「自由であれ」とも言っている.そう考えたほうが,私たちは豊かに生きられるのではないだろうか.(61ページより)

つまり私たちの身体や行動の仕方は遺伝子によって基本的な情報を与えられてはいるが,それが決定的ではない.環境との相互作用,つまり身体外部の何と交わり,どのように生きていくかによって遺伝子の発現が変わる.遺伝子の発現が変われば,現れる行動の仕方(生命現象)や次世代への伝わり方も“自由”でいられるということだろうと思うのです.

「生物多様性」が地球環境を守るのに大事な理由

環境問題を議論する場では必ずといっていいほど「生物の多様性」が重要だといわれます.では,そもそもなぜ「多様性」が重要視されるのでしょうか.

一般には,生物多様性の価値は「バリエーションが多ければ,それだけ適応のチャンスが広がるから」と理解されていますが,著者はそれは多様性の意味の一面でしかないといいます.

「生物多様性」こそが,生態系を保持している基盤であり,“地球環境という動的平衡の強靱さや回復力の大きさを支える根拠”だというのです.

どういうことでしょうか?

そもそもこの世界にあるものには等しく,それを破壊しようとする力が働いています(「エントロピー増大の法則」).エントロピーは熱力学や統計力学の用語で,ごく簡単にいえば「乱雑さ」であり,形あるものは壊れ,熱あるものは冷めていくことを意味しています.

建物や道路などの建造物であれば,もともと頑丈に作っておくことで壊れにくいようにするでしょう.それでも月日が経てば,破壊の波から逃れきることはできません.生命も例外ではありません.

そこで生命は,次のような戦略をとったといいます.

わざと仕組みをやわらかく,ゆるく作る.そしてエントロピー増大の法則が,その仕組みを破壊することに先回りして,自らをあえて壊す.壊しながら作り直す.この永遠の自転車操業によって,生命は,揺らぎながらもなんとかその恒常性を保ちうる.壊すことによって,蓄積するエントロピーを捨てることができるからである.

では,なぜ生命は,絶えず壊されながらも,一定の平衡状態,一定の秩序,一定の恒常性を保ちうるのか.それは,その仕組みを構成する要素が非常に大きな数からなっていて,また多様性に満ちているということにある.(80ページより)

絶えず壊されながら,変化しながら,それでも全体としては一定の状態,バランスを保っていく.地球環境は,まさしく「動的平衡」状態にあるといえます.そして動的平衡は,そこにある夥しい数の構成要素が相互に依存しかつ補完する関係だからこそ成り立つ仕組みなのです.

そのような絶妙なバランスを維持できる関係性をつくるには,多種多様な構成要素の結びつきが不可欠です.つまり,恒常性=バランスを保つためにこそ,動的(常に動いている)であることが必要なのです.

なぜ食べ続けないといけないのか,しかもバランスよく

私たちはなぜ,食べ続けないといけないのでしょうか.私たちの身体を保つ仕組みにも動的平衡が働いているとして,次のように答えています.

生体内で絶え間のない分解と合成が繰り返されているためである.

食物に含まれるタンパク質はアミノ酸に分解され,体内に吸収されると,一部はタンパク質に再合成されて筋肉や臓器などを作る.(86ページより)

私たちの身体を構成する成分の約20%は,20種類ものアミノ酸が結合したタンパク質です.しかし私たちの身体は,体脂肪のようにタンパク質を貯めておくことはできません.体内のタンパク質はつねに高速で分解されています.

そのため,私たちは食べ続けることで新しいタンパク質を食品として補給する必要があるのです.

身体は一瞬たりとも,ある決まった状態に留まっていることはありません.分解と合成を繰り返すことで,自分の身体の傷んだ部分を壊しては作り直すという代謝のサイクルを続けています.

バランスのとれた食事

小さい頃より「偏った食事は健康に悪い.バランスよい食事を摂りましょう」と指導されてきた方は多いでしょう.なぜ,バランスよく食品を摂取することが大事なのでしょうか.

私たちの身体を構成する20種類のアミノ酸のうち,11種類は体内で合成することが可能な「非必須アミノ酸」であり,9種類は体内で合成することのできない「必須アミノ酸」と呼ばれます.9種類の必須アミノ酸は食品から摂取する必要がありますが,もし体外からの摂取量が不足すれば,タンパク質の合成は諦められてしまいます.

この仕組みを「アミノ酸の桶の理論」によって説明されています.

昔よく使われていた木製の桶は,縦に置いた何枚もの板を竹で締め上げて作られます.このとき,ある一枚の板が短かければ,その他の板がどんなに長くても,水は短い板の高さまでしか入りません.

アミノ酸の桶の理論

必須アミノ酸が不足した場合も,これと同じことが起きるといいます.たとえばリジンが不足すると,他のアミノ酸がいくら豊富にあったとしてもタンパク質の合成は制限され,それらは身体から漏れていってしまうのです.他の必須アミノ酸についても同様です.

食品に含まれる必須アミノ酸の量は,食品によって異なります.トリプトファンは大豆に多く含まれますが,トウモロコシや精白米には少ない,など.

身体の構成要素やホルモンの働きまで,タンパク質の働きは欠かせません.そのタンパク質はアミノ酸から合成されます.すべての必須アミノ酸を偏りなく摂取するために,私たちはバランスよく食べなければならないのです.

結びに

本書のサブタイトルは「生命は自由になれるのか」です.この副題の答えは,著者の締めくくりの言葉に現れているように思います.

ミクロな世界では宿命や運命はありません.因果律も決定論もないのです.そこにあるのは,共時的な多義性だけです.サイコロさえも実はふられているのではないのです.

私は人生についても同じように考えています.どうしようもないこと,思うようにはいかないこと,取り返しのつかないこと.人生にはさまざまな出来事があります.

しかしそれは因果的に起こったわけでもなく,予め決定されていたことでもない.共時的で多義的な現象がたまたまそのように見えているにすぎません.観察するからそのように見えるだけなのです.

意外に聞こえるかもしれませんが,私たちの世界は原理的にまったく自由なのです.それは選び取ることも,そのままにしておくことも可能です.その自由さの有り様に意味があるのだと,私は思うのです.(「あとがきにかえて」より)

本書では,「大腸菌の驚きべき遺伝子交換能力とは」,「ひとにフェロモンはあるのか」,「生命は宇宙から来たのか」,「時間とは何か」など,本当にさまざまな切り口で最新のサイエンスを紹介されています.そして各章は統合され,「生命の本質とは何か」という根源的な問題と考察へと収束されていきます.

「生命の本質とは何か」という問題に対して,著者は「動的平衡」的な見方を指示しています.さらに本書では遺伝や進化,生命現象の真実を解き明かすのに,「エピジェネティクス」という新しい研究分野をカギとして論が進められます.

難解な遺伝子の構造や働きについても,わかりやすい例をもちいて解説してくれています.

 

何より,絵画や音楽にまで精通し,永遠の昆虫少年でもある著者の文章が‘美しい’!!

読了すると,“生命は,自由であれ” と爽やかに感じることができます.

最新のサイエンスに触れながら,あなたの知的興奮を高めてくれるおすすめの一冊です.

 

この記事をシェアする

コメント

コメントはありません。

down コメントを残す




このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

folder ☆痛みなく動けるカラダづくり

【大失敗】「体力アップ」のはずが、カラダを壊す意外な食事法〈ワースト3〉
【目的別】運動は“いつ”やるのが効果的なのか?
【もう悩まない】腰痛との正しいつきあい方を知って、もっと健康になる
more...

folder 免疫力アップのコツ

【新型ウイルスに負けない!】自分自身の“免疫力“を高める方法〈ベスト3〉
免疫力を高めるストレス解消法
免疫力をアップさせる運動のコツ
more...

folder 快眠術

寝酒は逆効果!お酒を飲んでも熟睡できる方法
【悩まない】どうしても眠れないときにとるべき、疲労回復のコツ
やってはいけない!快眠を妨げる寝る前の行動
more...