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『動的平衡3』 <書評>「記憶」も遺伝する!?

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『動的平衡3』 <書評>「記憶」も遺伝する!?
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『動的平衡3 チャンスは準備された心にのみ降り立つ(福岡伸一著,木楽舎)は,「動的平衡」を核心として生命の本質に迫る著者のシリーズ決定版です.著者は,分子生物学を専門にしながらも,絵画や音楽,哲学にも精通し,さまざまな語り口でサイエンスの最新の知見を紹介されます.

本書のサブタイトルともなっているこの言葉は,フランスの微生物学者ルイ・パスツールの言葉とされる格言“chance favors the prepared mind”に基づきます.抗生物質の発見を例に挙げて,ノーベル賞級の発見をした科学者と,発見を逃してしまった人との差は,“準備された心の有無”にあるといいます.

さらにアップル社の創始者であるスティーブ・ジョブスの異色の経歴を取り上げ,彼が学生時代に夢中になったカリグラフィーの講義が,その後,Macフォントの美しさを描くのに役立ったと紹介されています.ジョブズはこの体験談を“コネクティング・ザ・ドッツ”(ある点と別な点とがつながること)と表現し,一見無関係に思われる点と点がいつか意外な線で結ばれ,大きな達成や発見につながると鼓舞しています.

コネクティング・ザ・ドッツ

一見何の関係もなく思われる点と点が,思わぬタイミングで結びつくとき,大きな達成や発見が現れるでしょう.

生命の営みは「動的平衡」にある

著者の生命論は一貫して「動的平衡」を核心として語られ,その意味は以下の文章に集約されているように思います.

生命にとって,エントロピーの増大は,老廃物の蓄積,加齢による酸化,タンパク質の変性,遺伝子の変異…といった形で絶え間なく降り注いでくる.油断するとすぐにエントロピー増大の法則に凌駕され,秩序は崩壊する.それは生命の死を意味する.

これと闘うため,生命は端から頑丈に作ること,すなわち丈夫な壁や鎧で自らを守るという選択をあきらめた.そうではなく,むしろ自分をやわらかく,ゆるゆる・やわやわに作った.その上で,自らを常に,壊し分解しつつ,作り直し,更新し,次々とバトンタッチするという方法をとった.

この絶え間ない分解と更新と交換の流れこそが生きているということの本質であり,これこそが系の内部にたまるエントロピーを絶えず外部に捨て続ける唯一の方法だった.動きつつ,釣り合いをとる.これが動的平衡の意味である.(12ページより)

分解と合成

生命は,作るよりも壊すほうに熱心.

つまり生命は,作ることよりも,自らを壊すことのほうを熱心にやっているのです.そうすることでエントロピー増大の法則から逃れようとし,かつ環境に柔軟に対応する.その結果,進化が可能になるといいます.

いつでも動的な状態を維持するためには,その系の構成要素そのものよりも,むしろお互いの“関係性”が重要視されます.構成要素同士の関係が,可変的で柔軟であり,“自律分散型”であることに生命の強みがあると述べられています.

「記憶」は更新され,遺伝もする!?

私たちが見たり聞いたり,さらに考えたり,想ったりするとき,脳内ではニューロン(神経細胞)とシナプス(あるニューロンと別なニューロンが連絡をとる隙間)とで電気信号のやり取りが行われています.

ある同一の考えや行為を繰り返せば,この回路に何度も電気が流れ,ますます電気が通りやすくなります(シナプスが強化される).こうした特定のニューロンとシナプスの関係性が強化されることが,「記憶」が強化される仕組みです.つまり,“記憶はニューロンとシナプスの回路によって保存されている”といえます.

しかも最近の研究によると「記憶自体も更新されている」ことが明らかになってきているといいます.それは次のような仕組みからです.

海馬で作られた記憶の回路は,大脳皮質に書き写され,ここで新しいニューロンとシナプスの回路が形成される.そして海馬のほうの回路はクリアされる.これは大まかに言えば,短期的な記憶と長期的な記憶に対応している.

大脳皮質に保持された記憶の回路は,しかしずっと一定に保存されているわけではない.思い出すたびにいったんシナプスが不安定化され,再度,固定化されることが明らかになったのだ.(70ページより)

さらに,「記憶は遺伝する」と聞けば驚かれるでしょうか.

米国のエモリー大学のブライアン・ディアスとケリー・レスラーの研究チームの実験によって,現世代の個体の記憶が次世代に受け継がれることが明らかにされました.

それはマウスの実験で,まず「サクラの花びらの香りを嗅ぐと電気ショックが来る」と条件付け(記憶)させます.次にその個体の子孫に同じような学習をさせると,より敏感に条件付けされる(ずっと少ないサクラの香りおびえるようになった)ようになりました.

興味深いのは,これら親世代と子孫世代で嗅覚レセプターのDNAに変化はなかったという点です.エピジェネティクス*が,その疑問を解決しました.実は,DNA自体ではなく,“DNAの働き方を調節する情報が隠れた形でDNAに書き込まれている”ことが判明したのです.

*エピジェネティクスが明らかにする生命現象の本質は,『動的平衡2 生命は自由になれるのか』により詳しく書かれています.遺伝子の働きを「音楽における楽譜」になぞらえた語りは秀逸です.ぜひ,こちらもご参照ください→「動的平衡」で語られる生命の本質<読書評>.

「遺伝子のスイッチ・オン」について言及した[第5章 記憶の設計図]は,次のような言葉で締めくくられています.

生物は環境とのやり取りを通じて,よりよく生き抜くための適応的な形質を獲得する.これが次世代にまったく生かされないのはあまりにもったいない.

生物は,次の世代の自由度を拘束しない範囲で,しかし獲得形質を有効利用できるように,エピジェネティクスのレベルで情報を伝達する仕組みを編み出していたのだ.(76ページより)

世界は分けないとわからないが,分けてもわからない

[第8章 動的平衡芸術論]では,音楽の律動の由来や絵画における世界の見え方から,生命のとらえ方が論じられています.

科学者はいつも,人体を“ボディ・パーツ”に分ける操作によって見極めようとしてきました.古くは腑分けされた人体の克明なスケッチによって,顕微鏡が発明されると細胞サンプルを切片化することによって.そして分ける行為は,DNAの二重らせん構造の発見によって極点に達しました.人間は世界を分けてみることで,“メカニズム”や“秩序”の膨大な知識を得てきました.

しかし,分けることで見えたメカニズムや秩序は,“ある種の幻”でもあり,“単に,そのように見える,ということにすぎない”と,著者はいいます.

なぜなら世界を分けてみる行為は,時間の流れを止めていることになり,動的な状態にある生命の本質をとらえきれてはいないのです.

一時停止のボタンを解除すると,対象はたちまち動きを取り戻す.そして次の一瞬には,それぞれのパーツは,先ほどとはまったく異なった関係性の中に散らばり,そこで新たな相互作用を生み出す.そこでは個々のパーツは新たな文脈の中に置かれ,新たな役割を負荷される.物質と機能の対応は先ほどの一瞬とは異なったものとなり,関係性も変化する.つまり因果の順番が入れかわる.

この世界のあらゆる要素は,互いに連関し,すべてが一対多の関係で繋がりあっている.つまり,世界にも,身体にも本来,部分(パーツ)はない.部分と呼び,部分として切りだせるものはない.世界のあらゆる因子は,互いに他を律し,あるいは相補している.

(中略)つまり,この世界にはほんとうの意味で因果関係と呼ぶべきものは存在しない.世界は分けないことにはわからない.しかし,世界は分けてもわからないのである.私たちは確かに今,パラダイム・シフトが必要なのだ.(170ページより)

私たちはともすれば,「○○を食べたら痩せる」「○○すると健康にいい」「△△が病気の原因」などのように,「〜すれば・・・なる」と因果関係を盲信しがちです.しかし,常に自らを壊しては作り直し,各要素が相補的に関係するという動的平衡にある生体において,決定的な因果関係を明らかにすることは困難です.

絶えず変化する,一連の流れとして生命現象をとらえる必要があります.動的平衡の観点から世界や生命をみると,クセ(バイアス)にはまりそうな自らの思考や動作について,今一度立ち止まって足元を顧みる契機となりそうです.

結びに

本書は,核心となる生命論を語る横軸に,その研究発見が生まれた経緯や科学者のエピソード,芸術と生命に共通する性質など,豊富な‘脇道’(挿話)が散りばめられています.そのお陰で読み物として抜群に面白いのはもちろん,理系にアレルギーを示すような人でも鮮やかなイメージをもって読み進めてしまいます.

著者がサイエンスを語り,著書を執筆する意図について次のように述べています.

科学の最終目的は,「生命とはこうなっている」とわかりやすい言葉で語ること.それが語られても役に立たないし,お金儲けにもつながらない.しかし人生に,ある種の解答を与えられるはず.(10ページより)

研究や教育において,“プロセスを語ること”を心がけているといいます.

プロセスとは,“その答えに到達するまでの時間の経緯”ですが,昨今の風潮はプロセスがおざなりになっていることもあるのではないでしょうか.著者は[第4章 科学者は,なぜ捏造するのか]で,昨今の科学界に対して次のように警鐘を鳴らしています.

iPS細胞作製に成功して以来,生命科学がテクノロジーに走りすぎ,「作りました,できました」という成果がもてはやされすぎる風潮がある.今回の問題(STAP細胞を巡る一連の騒動.注記)もその延長線上に起きたのは間違いない.

科学は本来,もっとじっくり「How(どのように生命現象が成り立っているのか)」を問うべきものだ.(56ページより)

本書を通して,「生命の本質とは何か」を考えることは,科学をじっくりと考える,ひいては「生き方(どのように生きるか)」を改めて見つめ直す好機となりそうです.

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