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<読書評>『脳はなぜ「心」を作ったのか ー「私」の謎を解く受動意識仮説』

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なぜ、この「私」は「私」なのか。相手の「心」は分からないのか。

死んだら「私」はどうなるのか。心が健康であるにはどうすればよいのか。

より良く生きるために、「心」の理解へ近づくことは大事なことです。

誰だって、苦悩に苛まれて過ごすよりも、気分よく毎日を過ごしたいし、やりたい夢を実現したいでよね。

 

「心」をめぐる研究の最大の謎は、心が脳のどんな情報処理の結果で、どんなふうに説明できるか(脳の中にどんなシステムとして存在し、なぜ、どのように働いているか)とされています。

今回は、心の謎に迫る『脳はなぜ「心」を作ったのか ー「私」の謎を解く受動意識仮説』をご紹介します。

著者は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授。前野先生は、ヒューマンマシンシステム、イノベーション教育、社会システムデザイン、幸福学、システムデザイン・マネジメント学などの研究に従事されています。

 

なお本書は、ブログ「MIRAI no PT」で、運営者の西野英行さんがご紹介されていたもので、私もここで初めて知りました。

記事:「受動意識仮説」と「リハビリ2.0~何事も継続する秘訣は意識しないこと”~

西野さんのご意見も興味深く、これからのリハビリを考えるうえでとても参考になります。

 

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心は受動的な傍観者「受動意識仮説」

本書では、「心」を「知」「情」「意」「記憶と学習」「意識」「無意識」から成る働きとして論が進められます。

*参考:心・脳・コンピュータ(松本 元)

その中でもとくに「意識」こそ、ロボットにはなくて人間にあって、人間らしさを創るものです。以下、本記事でも「意識」を中心に心の謎に迫ります。

ここでの「意識」とは、モノやコトに注意を向ける働き(awareness)と、自分は「私」であることを認識する自己意識(self consciousness)を合わせたものを指しています。

 

マサチューセッツ工科大学のミンスキー(Marvin Minsky)教授は、心とは脳の無意識の自律分散的処理の結果だとして、「(心とは)一つひとつは心を持たない小さなエージェントたちが集まってできた社会」と提示しています。

本書では、脳の中にたくさんの「小びと」がいて、それぞれ自分の仕事をせっせとこなしている様子に例えて論を進めています。

この論の進め方が、とにかく面白いのです!

「脳内の小びと」とは、実際は、ニューラルネットワーク(神経回路網)のことであり、それぞれのニューラルネットワークが独立して情報処理を行っています。

例えば、赤いリンゴを見たとき、色を識別する小びと(=ニューラルネットワーク)や、丸い物体だと識別する小びと、「食べたい」という意思を作り出す小びと、リンゴを食べたときの美味しさや幸せな気分を生み出す小びとがいる。これらの小びとが行った働きの総体として、「これは赤くて丸いリンゴだ、美味しそうで、食べたい」という知覚や、意図が生まれると考えます。

これは、思考や喜怒哀楽の感情、意図・意思決定についても同様だと考えられます。

人の知情意は、無意識のニューラルネットワークによる自律分散的な情報処理の結果を、ただ「意識」が受動的に見ているだけ、というのです。

それをあたかも、「私」が主体的に考えたり、感じたり、閃いたりしたかのように‘錯覚’しているに過ぎないのです。

衝撃的でした。

「私」の思考や感情は、「私」が意図的に注意を向ける、つまり積極的に働きかけた結果ではないと言うのですから。

筆者はこの考えを「受動意識仮説」として、心の真相をとらえるものだと提唱しています。

『脳はなぜ「心」を作ったのか ー「私」の謎を解く受動意識仮説』より

その仮説の根拠として、リベット教授(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の実験(1983年発表の論文)が紹介されています。

この実験では、被験者の脳(大脳の随意運動野)に電極を貼り付け、被験者が指を動かしたときの、[無意識下で、脳から指先の筋肉への運動指令(運動準備電位)が発生した時刻]と、[意識が、指を動かそうと意図したときの時刻]を比べました。

その結果、脳内で運動指令「指を動かせ!」が発生した時刻は、意識が「指を動かそう!」と意図した時刻よりも0.35秒早かったのです。そして実際に指が動いたのは、「意図」した時刻の0.2秒後でした。

つまり、心が「指を動かそう!」と思うよりも以前に、無意識下の脳内で指を動かすための準備(ニューラルネットワークの活動)が始められているのです。

なんてこった!!(゜Д゜)

人にはなぜ「私」(意識)があるのか

受動意識仮説では、「意識」は、無意識下に脳内の各々のニューラルネットワークが行う自律分散的な情報処理を眺めて、その結果をあたかも自らが行ったかのように時間的空間的に錯覚している作用に過ぎない。と考えます。

そうすると、なぜ「意識」というものが必要なのでしょうか。

「意識」はエピソード記憶のためにある

「私」(意識)を考えるカギは、「エピソード記憶」にあります。

エピソード記憶(コトバンク)

エピソード記憶とは、個人的に体験された出来事(夕食はもう食べた、カバンを部屋に置いた、昨日友人とある約束をした、など)についての記憶です。もしエピソード記憶がなければ、場当たり的な行動ばかりになり、日常生活を送るのに非常に不便になってしまいます。

エピソード記憶をつくるには、まず個人的な体験があります。体験の裏では脳内のニューラルネットワークの活動が行われており、これらを一つに統合する(ある一つの体験に変換する)のが「意識」の作用であると考えられます。

「意識」はエピソード記憶をする(=無意識下のニューラルネットワークの活動を、あたかも主体的な体験であるように錯覚する)ためにこそ存在しているのです。

ピクニック

個人的な体験の記憶(エピソード記憶)を作るためにこそ、「意識」がある。

人生を彩るクオリア

人の意識には、生き生きとした質感クオリアqualia)があり、このお陰で私たちは生きていると実感することができます。

クオリア(コトバンク)

著者はクオリアについて、以下のように説明しています。

五感から入ってきた情報と、自己意識のように心の内部から湧き出てきた情報を、ありありと感じる質感がクオリアだ。
(〜)脳の巨大なニューラルネットワークは、何らかの計算によって「私」(意識)の中にクオリアを作り出しているのだ。

前述のリンゴを知覚する例では、私たちが赤いリンゴを見たとき、素の画像だけを見ているのではなく、脳で加工された結果作り出された、「赤いリンゴ」のクオリアを感じているといえます。

このようにクオリアがあることこそ、人間とコンピュータの違いとして挙げられます(現在のコンピュータは、生き生きとしたクオリアを感じることができない)。

 

もし意識にクオリアがなければ、離人症のような感じになるだろうと推察されます。離人症の典型的な症状は、3つ(自分の喜怒哀楽・自分の身体・外界に対して実感が持てない)です。

想像すると、なんと味気ない感じでしょうか。

 

クオリアとは、“個人的な体験に対し、これらの実感を付加し、エピソード記憶を強調するものだ”といえます。

同じく、感情や情動も、クオリアを強調する(重要なものにタグ付けする)ためにあると考えられます。

生き生きとした体験が未来の自分の判断に反映されやすいように、そのエピソード記憶に鮮やかな色付けをし、強調していることに他ならない。生き生きとした感情を伴う体験は、嬉しいにせよ悲しいにせよ、自分にとって大切な体験なのだから。

情緒豊かな体験は、未来のあなたの意思決定に大いに役立ちます。

むすびに:本書を読んで考えたこと

驚愕しました。

これまで、人間らしい心に不可欠な「意識」は、主体的な活動をしたり、知情意を統合したりする、いわば指揮者のような存在だと考えていました。

なんとそれが、意識は傍観者で、脳内のニューラルネットワークの活動を眺め、最終的に自らが行ったかのように‘錯覚’しているに過ぎないとは。

しかし、受動意識仮説で考えた方が、心の謎を解くのに辻褄が良さそうで、読み終わった後は非常にスッキリした気分になりました。

 

私たちが意識している以上に、無意識下でたくさんの情報処理が行われています。

考えたことや感じたこと、体験したことはすべて、運動学習においてフィードバック誤差学習として内部モデルの改変に役立つと考えられます。

つまり、さまざまな経験は、現実世界や他者評価の是非によらず、脳内のニューラルネットワークを構築、改変していくのに貢献しているのです。

これが個性や自分らしさになります。

希望が持てます。

たとえ失敗したり、嫌な思いをすることがあっても、それはニューラルネットワークの結果。

私たちは、まだまだ発展途上なのです。

 

心とは、脳内の無数の小びとや、「私」(意識)、<私>(「私」の中で、クオリアを感じる部分)をすべて接続した巨大なニューラルネットワークだ。

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