病院での理学療法において、発痛組織や機序を説明しづらい症状や、長引く激しい痛みを訴える患者に対峙することがありますよね。
そんなとき、複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)の可能性を頭に置いておく必要があります。
CRPSは、何らかの外傷や手術などの後に、その組織損傷の程度や治癒過程とは不釣り合いな強い痛みが持続する病態の一つ。
長引く痛みに加えて、外傷を受けた四肢部位の浮腫や萎縮、発汗障害、動かしづらさなどの運動機能低下を伴うのが特徴。
その病態には神経因子、認知的・情動的側面などさまざまな要因が絡まり、確かな治療法も確立されてはいません。
この病態につけられた名称の経緯は、1994年に国際疼痛学会(IASP)にて「骨折などの外傷や神経損傷の後に疼痛が持続する症候群」として定義されました。
それ以前の反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)やカウザルギー、アロディニアといった名称を整理するかたちで定められました。
今回は、療法士向けにCRPSの病態と、治療やリハビリテーションの考え方について、文献的な報告をもとにご紹介します。
複合性局所疼痛症候群(CRPS)の病態と治療アプローチ
病態とメカニズム
発症のきっかけ
手術、骨折、捻挫が多い。脳血管障害や心筋梗塞、帯状疱疹などの疾患や手術後のギプス固定などによる患肢の不使用も誘因。
きっかけとなる外傷は軽微であっても発症することがあります。
疫学
発生率は人口10万人あたり年間5.4〜26.2人に発症。
男女別では、女性8.5人、男性2.1人であり、女性の発生率が男性の約3.4〜4倍高い(Sandroni P et al, 2003。de Mos M et al,2007)。
一般に下肢よりも上肢に多い傾向。
神経支配領域(デルマトーム)と無関係に発症し、同側および対側の四肢に広がることもあります。
症状
- 刺激に対して不釣り合いな激しい痛みの持続
- 痛覚過敏や異痛症などの異常感覚
- 皮膚温低下や皮膚色変化
- 骨や筋の萎縮性変化
- 浮腫や発汗異常などの自律神経異常
- 関節拘縮や振戦などの運動機能低下
- 体毛や爪に生じる栄養障害 など、さまざま
これらの訴えや徴候は患者によってさまざまであり、時間経過とともに変化。
病態とメカニズム
根本的な病態は不明だが、単一の要因ではなく複数の要因から病態が形成されていると推測されています。
末梢組織の損傷や循環障害、自律神経系の活動異常に加え、中枢神経系や心理社会的要因の関与も大きい。
痛みに対するとらえ方や過度な不使用、痛み回避行動は、皮膚や筋の萎縮、浮腫などの出現につながります。
- 「CRPS type Ⅰ」:明らかな神経損傷を伴わないもので、以前のRSDに相当。
- 「CRPS type Ⅱ」:は明らかな神経損傷を伴うもので、以前のカウザルギー(灼熱痛)やアロディニア(異痛症)に相当。
それぞれの発症には以下のような機序が考えられています。
【#CRPS typeⅠの機序】
軽度な末梢神経損傷であっても、交感神経活動異常に加え、交感神経がブラジキニン(血管内皮細胞やマクロファージから放出される)に反応し、ノルアドレナリンやプロスタグランジンを放出し、感覚神経の反応性を高める(痛覚過敏)。
*CRPS typeⅠは、従来のRSDに該当。— ふみ (@ThanksDailylife) 2018年12月2日
【カウザルギーの機序】
末梢神経損傷後に、後根神経節において交感神経が感覚神経に枝を出し、異常連絡が形成された(McLachan)。つまり、交感神経の興奮が感覚神経に伝わって痛みの発生につながりうる。
*#カウザルギー(灼熱痛)は、現在は#CRPStypeⅡに該当する。— ふみ (@ThanksDailylife) 2018年12月2日
【アロディニアの機序】
末梢神経損傷後に、脊髄後角においてC線維が変性脱落し、結果としてAβ線維が軸索発芽してC線維の接続領域に侵入する現象があった(Woof)。つまり、痛みを伝える神経経路に触覚の神経線維が混線している!
*アロディニア(異痛症)は、現在は#CRPStypeⅡに該当する。— ふみ (@ThanksDailylife) 2018年12月2日
診断基準
診断基準には、Kozinの基準、GibbonsのRSD score、IASP診断基準、厚生労働省CRPS研究班によるCRPS判定指標などが用いられます。
IASPの診断基準(2005)
IASPの診断基準が発表されて以降、CRPSの早期診断と治療が速やかに行われるようになりました。
ただ問題は、IASPの診断基準では症状・徴候が患者の自己申告に任せる、運動機能(関節可動域制限、筋力低下など)や萎縮性変化(皮膚、毛など)が考慮されていないこと。
そのため高い感度(100%)の一方で、特異度が低い(41%)ために、そうではない疾患をCRPSと過剰診断してしまう恐れもあります。
厚生労働省CRPS研究班によるCRPS判定指標(2008)
そこでわが国では、診断の感度を保ちつつ過剰診断を避ける(特異度を高める)ために、厚生労働省CRPS研究班によるCRPS判定指標が作成された経緯がある。
この判定指標では運動機能障害と萎縮性変化が重要かつ特徴的な判定因子として含まれている。また自覚症状および他覚的所見がそれぞれ複数該当することが条件。
治療とリハビリテーション
治療方針
CRPSは、その症状・徴候の多様さから、各治療法によるエビデンスは未確立。
そのため、患者の痛みや苦悩、日常生活における問題などを検証して、薬物療法、神経ブロック療法、運動療法、患者教育・認知行動学的介入などによる集学的治療が行われます。
CRPSの病態には器質的要因だけでなく、心理・社会的要因も関わります。
これら複数の要因を同時進行でとらえ、患者の自立や社会生活を支援することが必要。
リハビリテーション
CRPSの発症には、患肢の過度な不使用の関与が大きいため、運動療法はやわらかな自動運動・自動介助運動から開始。
運動中に生じる痛みや不快感はCRPSの症状・徴候を増悪しかねないため、他動的で過剰な運動は控え、痛みの自制内で行うようにします。
身体イメージの改善をはかるミラーセラピーや、同種感覚情報の一致、基本的動作能力の改善と活動量増加をはかる運動療法などが症状改善に奏功したとの報告もあります。
末梢組織の深部循環障害も症状持続に大きく関与すると報告されています。温水と冷水の交代浴や超音波療法は、患肢の循環障害の改善に効果的。
筋力低下や萎縮を呈した筋に対して。筋収縮を促す神経筋電気刺激療法が有用。ただし末梢神経損傷後にワーラー変性を起こした軸索では、電気刺激に対する閾値の上昇や筋線維の変性などが生じ、電気刺激だけで筋萎縮の予防は難しい。
星状神経節へのキセノン光照射は交感神経機能交感神経を抑制する効果が期待されます。
患者の痛みに対するとらえ方(誤った認知や思い込み)を修正することも重要。
例えば、「動かすと痛いから、安静にしてずっと動かさないほうがよい」、「今でもこんなに痛いんだから、動かすともっと悪くなりそう」などの誤った認識は、過度な不使用につながります。疾病利得の有無にも注意を払っておきましょう。
【患者の認識を考慮する】
“「周りからもう治ったんじゃないか」と思われるといけないから、装具をつけている”という人は、#疾病利得 の要素を疑うべきだろうか。疾病利得には意図的なもの(詐病要素)と、本人も自覚していないもの(外傷や病気があって家族からの注目、気遣いがあるなど)がある。— ふみ (@ThanksDailylife) 2018年12月2日
むすびに
いかがだったでしょうか?
臨床でその回復に難渋することの多い、「複合性局所疼痛症候群(CRPS)」の病態とリハビリテーションの考え方についてまとめました。
厚生労働省によるCRPS判定基準の「但し書き」には「外傷歴がある患者の遷延する症状がCRPSによるものであるかを判断する状況(補償や訴訟など)で使用するべきではない。重症度・後遺障害の有無の判定指標ではない」とあります。
CRPSは診断名ではなく、いくつかの病態が併存する“症候群”です。
患者に「あなたの病気はこれです(難治性です)」と断言するのが目的ではなく、あくまでも治療方針やリハビリテーションの方向性を決めるのに用いましょうということです。ときには疾病利得に関わる場合もあり、その対応にはデリケートにならざるを得ません。
CRPSは原因から予想できない激しい(あるいは広い)症状が特徴であり、CRPSを疑うことが重要である(木村、2016)。
長引く痛みを訴え、組織損傷の程度からは予想できないような徴候がみられた場合には、まずは痛みのメカニズム(入力系・処理系・出力系)を考慮して十分評価したうえで、さまざまな要因が絡み合うCRPSという病態を疑ってみる(“何が痛みを修飾しているのか?”)のが道スジ。
その上で、症状や機能障害の改善だけでなく、患者のより良い生活のための手立てを考えていくことが解決の糸口になります。
おすすめ書籍
「痛み」について、そのメカニズムから評価まで網羅されています。
患者の訴えとしてもっとも多い「痛み」に対峙する療法士には、必読の一冊。
参考資料
- 境 徹也:複合性局所疼痛症候群(CRPS)。痛みの集学的診療:痛みの教育カリキュラム(日本疼痛学会 痛みの教育コアカリキュラム編集委員会 編)、pp238-244、2016。
- 三上容司 :CRPS(複合性局所疼痛症候群)。今日の臨床サポート
- 住谷昌彦、他:本邦におけるCRPSの判定指標。日本臨床麻酔学会誌30:420-429、2010.
- 木村浩彰:複合性局所疼痛症候群の診断と治療。リハビリテーション医学53:610-614、2016。
- 須郷磨衣子、他:脳卒中肩手症候群に対する星状神経節近傍へのキセノン光照射の効果。理学療法学 Supplement 37 Suppl. No. 2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)、2010
- 井福正貴、他:上肢の複合性局所疼痛症候群の治療の満足度。日本ペインクリニック学会誌18:9-14、2011.
- 瀧波 慶和:下肢の複合性局所疼痛症候群を疑い積極的治療により軽快した1症例。日本ペインクリニック学会誌17:485-487、2010。
- 村部 義哉、他:同種感覚情報の一致が下肢の複合性局所疼痛症候群の改善に有効であった1症例。理学療法学Supplement 42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)、2015。
- 平川 陽:複合性局所疼痛症候群(CRPS)患者の痛みに対する一考察。九州理学療法士・作業療法士合同学会誌2016
- 吉田亮太、他:複合性局所疼痛症候群による慢性的な足部の疼痛と歩行障害に対し超音波療法が著効した一症例。理学療法学45:112-120、2018。
- 壬生 彰、他:段階的鏡療法が疼痛の軽減に奏効した末梢性求心路遮断性疼痛症例。理学療法学Supplement40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)、2013.
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