こんにちは、大山ふみあき(@ThanksDailylife)です。
2018年1月の箱根駅伝で、駒沢大学7区の選手が突如、脚のコントロールを失って蛇行。
バランスを崩しながらも、どうにかタスキをつなぎました。
ランナーの異変はメディアでも取り上げられ、「ぬけぬけ病」として話題に。
当時、役者の和田正人さんのツイートにも注目が集まりました。
ぬけぬけ病やローリング病といった長距離ランナーを襲う謎の病。メジャーな病として世の中に問題提起する事により、何かしらの改善方法が現れるかもしれない。すでに幾つかの治療法のメッセージも頂いてます。まずは知ってほしい。数々の名ランナーを引退へ追い込んだこの出来事を。 #箱根駅伝
— 和田正人 (@daaaaaawaaaaaa) January 3, 2018
ぼくは理学療法士として13年間の経験で、やはり同じように手足が思うようにコントロールできなくなって、競技を続けられない選手に出会ってきました。
陸上選手や音楽家、美容師、大工、漫画家、歯科医など、体の一部ばかりを使って同じ動作を繰り返し行うひとに多くみられます。
がんばりたいのに、体が言うことをきかない。
その歯がゆさは計り知れません。
競技や仕事を続けられなくなる方もいます。
だからこそ、多くの人にその概要を理解していただき、治療法が確立していくことを切に願います。
「ぬけぬけ病」とは
「ぬけぬけ病」の症状は、走っているときに突如、“脚の力が入らない”、“地面を踏ん張れない”といった状態になります。
陸上競技界では20年ほど前から注目されており、「ローリング病」や「カックン病」「抜け症」「ランナーズジストニア」などとも呼ばれます。
医学的な診断名ははっきりせず、原因や治療法も確立されてはいません。
スポーツ界では似た症状として「イップス」が挙げられます。
それまでふつうにできていたスポーツ動作が、突如できなくなり、思い通りにプレーできなくなってしまいます。
例えば、野球選手で肩や肘に問題がみつからないにも関わらず、突如ボールを投げられなくなるなど。
イップスが原因で引退を余儀なくされた選手も数知れず。
原因について一説では、偏った筋肉の使い過ぎによる脳の生化学的変化や局所性ジストニア、過度な精神的プレッシャーなどが関係するとも言われています。
なお「ジストニア」とは、東京女子医科大学 脳神経外科ホームページによれば下記のように説明されています。
身体が意思とは関係なしに動いてしまう状態のことを不随意運動といいます。
ジストニアという病気は、無意識に筋肉がこわばってしまう不随意運動の1種です。
全身のあらゆる筋肉にジストニアは発症します。
ジストニアは、ジストニアの症状の分布に基づいて、局所性ジストニア、全身性ジストニアなどに分類されます。
ジストニアの症状は、手や足、首や体幹など様々な箇所に発症しますが、その原因は脳からの指令の異常にあります。
つまり、ジストニアは脳の病気なのです。
ですが実際に患者さんの身体をみていると、患部の筋力や全身の使い方、コンディショニング法などにも問題がみられます。
「ぬけぬけ病」を解消、予防するためには、患部の筋肉や関節の動き、全身の使い方、神経系などをトータルで整えていく必要があります。
今回は、「ぬけぬけ病」の原因と対処法について、理学療法士の視点から解説します。
ぬけぬけ病の原因
「ぬけぬけ病」の原因は、以下の3つがあります。
- 筋肉のアンバランス
- 力の伝達障害
- 自律神経の異常
筋肉のアンバランス
理学療法士で“局所性ジストニア専門”の西山祐二朗さんは、その原因について以下のようにご説明されています。
あっ!
例えば長距離ランナーは、股関節屈筋を使いすぎて、伸筋の筋力低下。ピアニストは、指を曲げる筋肉を使いすぎて、指を伸ばす筋肉の筋力低下。
書痙は、ペンの持ち方が特殊のため、親指側の力を使いすぎて、小指側の筋力低下。
ねっ?共通点がありすぎるでしょ?
— 局所性ジストニア専門@西山さん(理学療法士) (@plusaseed) June 11, 2020
ひとの関節は曲げる/伸ばす、開く/閉じる、上げる/下ろすというように相反する働きをする筋肉でカバーされています。
例えば、こちら↓
- 大腿四頭筋(ひざを伸ばす)/ハムストリング(ひざを曲げる)
- 三角筋(肩を上げる)/広背筋(肩を下げる)
- 浅手屈指(ゆびを曲げる)/総指伸筋(ゆびを伸ばす)
しかし、決まった動きを繰り返すことで、ある一方の筋肉ばかりが働くことになります。
ひとの体は、よく使うところは強く、あまり使わないところは弱くなっていきます。
対になっている筋肉のどちらか一方ばかりを長年使ってきたことで、反対側の筋肉が弱化。
筋肉のアンバランスな状態が常習化することで、脳に機能的な変化が起こるとのこと。
局所性ジストニアは陸上選手以外にも音楽家や美容師、大工、漫画家、歯科医など、体の一部を頻繁に使って同じ動作を繰り返すひとに多くみられます。
局所性ジストニアで悩む患者さんを数多く治療してこられた西山さんのお話や動画はめちゃくちゃ価値高い。
ぼくも今回、すごく勉強させていただき感謝しています。
力の伝達障害
ぼくが臨床現場で患者さんの身体をみてきたなかで、手足に頼った−体幹を有効に使えていない−動き方の方が多くいらっしゃいます。
運動力学(キネティクス)でみると、ひとの動きは「体幹」を力源として、末端部(手足先)へと“力を伝達する”ことで成り立ちます。
同時に、身体へはね返ってくる床反力や関節に働く慣性力による衝撃を緩衝する必要もあります。
そのような「力の伝達」と「力の緩衝」をほとんど担っているのが、体幹。
しかし体幹の機能低下(筋力、柔軟性)があると、身体が出し入れする力を制御できません。
その結果、手足のコントロールを失い、意図した運動を行えなくなってしまうのです。
とくに柔軟性の低下が顕著。
そういった患者さんでは、施術やエクササイズによって体幹機能を改善することで、手足の症状が消失することを経験してきました。
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作用反作用の法則からみた力の出入り
「力」とは、物理学的な仕事をする「エネルギー」のこと。
ひとの身体でも常に力の出入りがおきています。
体幹から手足へ力を伝達すると同時に、同等量の衝撃−床反力(着地に際して、地面から返ってくる力)や慣性モーメント(関節を引き離そうとする力)など−を吸収。
このとき、[体幹から末端へ伝達される力(身体が発揮する力)]と[末端から体幹へ返ってくる力(身体が受け止める力)]はイコールの関係にあります(作用反作用の法則:ニュートンによる運動の第3法則)
身体が発揮する力(作用力)=身体で受け止める力(反作用力)
ここで重要なのは、受け止められる力のキャパシティだけ、身体は力を発揮できることになります。
なので、力を受け止められるキャパシティ−柔軟性−が少なくなると、発揮できる力もダウン。
ひとの身体における「筋力」の役割
動作を成り立たせる「力」には、重力による位置エネルギーと、運動に伴う運動エネルギーがあります。
ひとの体で運動エネルギーは、筋肉の収縮による張力(=筋力)によって発生します。
筋力によって関節を安定させ(空間における位置関係を保ち)、同時に関節を駆動させることで、ひとの動作が成り立ちます。
ここでいう筋力の要素は、以下の3つ。
☑最大筋力(どれだけ大きな力を出せるか)
☑敏捷性(どれだけ素早く動けるか)
☑巧緻性(どれだけ器用にこなせるか)
☑筋持久力(どれだけ運動を続けられるか)
何らかの理由で発揮できる筋力が低下してしまうと、関節の安定性が損なわれ、思い通りに手脚を動かせなくなってしまいます。
力強さやスピード、器用さがバラバラになった状態です。
今回取り上げた「ぬけぬけ病」も、筋による関節のコントロール(安定性、駆動性)を失った状態と考えられます。
動作を成り立たせる力を調整できないのが、「力の伝達障害」。
なぜ関節のコントロールを失ったのか
では発揮できる筋力が低下する原因はどこにあるのでしょうか。
身体は「受け止められる力」の分だけ、身体は「力を発揮でき」ます。
力を発揮できないということは、力を受け止められない状態にある、つまり柔軟性の低下です。
- ひとの動きにおける「体幹」の役割について、より詳しくは「+」をタップしてください
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力源(エンジン)
ひとの運動は体幹を力源として、中枢部(体幹)から末端部(手足先)へと力(=運動エネルギー)を伝達することで成り立ちます。
体幹は身体の質量の6割超を持ち、重心をコントロールすることで運動エネルギーの発生に大きく貢献します。
体幹機能が低下すると、末端へうまく力を伝達できなくなり、上下肢(腕、脚)の関節コントロールが拙劣に。
ある地点(起点)から目的の地点(到達点)へ直線で向かおうとしている場面をイメージしてください。
起点でのほんの少しのズレは、到達点でははるかに大きなズレとなって現れます。
運動の中枢である体幹のちょっとした狂いは、末端部へ向かうほどより大きなズレとなって関節の負担となります。
衝撃緩衝の主役
身体が力を発揮するとき、同等量の力を受け止め吸収しています。
この力の吸収を多く担うのが、体幹。
体幹の骨格は骨盤・脊柱・胸郭から成り、ひとの大まかな形態をつくります。
その内部には心臓や肺、消化器、内分泌系、泌尿器、生殖器などの大事な臓器をつつんでいます。
身体に返ってくる力の緩衝に関わるのは脊柱の弯曲構造や、椎間板、体幹筋など。
このうちコントロール可能なのは、体幹筋です。
体幹には約60個の筋が付着し、姿勢の保持や呼吸、力の発揮、衝撃緩衝に重要な働きをしているのです。
体幹筋の働きには、運動神経の支配(運動指令)はもちろん、自律神経による調整も受けています。
↑ひとの運動やスポーツ動作を学ぶうえでの必読のバイブルです!バイオメカニクス―身体運動の科学的基礎
自律神経には日中や活動時に活発になる「交感神経」と、夜や休息時に活発になる「副交感神経」があります。
このうち「ぬけぬけ病」には、“交感神経が過剰に活発化している”ことが影響します。
交感神経が過剰に活発になることで身体におこる変化
交感神経の働きは、身の危険に対して“闘うか、逃げるか”を判断し、行動に駆り立てるものです。
なので交感神経の活動が活発になると、以下のような変化がおきます。
- 瞳孔が大きく開く
- 心臓の鼓動が早くなる
- 血管が収縮する
- 全身の筋肉の緊張感が高まる
- 「ノルアドレナリン」などのストレスホルモン分泌が高まる
交感神経の活発な状態が長く続けば、血管が縮んで、末端の細胞への血流が停滞。
血流障害によって代謝が落ちると、運動時に発生する活性酸素や乳酸を除去できず、それ以上の運動を続けられなくなります。
体幹の筋肉も影響を受ける
交感神経の活発化は、体幹の筋肉にも大きく影響します。
交感神経は脊髄を介して、背部筋の緊張感にも関与。
背部筋の緊張が高まることによって脊柱の弯曲構造が変化します。
本来、脊柱はその弯曲構造によって床反力を緩衝していますが、その衝撃を緩衝できなくなってしまいます。
その結果、身体への疲労やダメージが蓄積することに。
また交感神経によって横隔膜や胸郭に付着する「呼吸筋」の緊張が高まり、「胸郭」の柔軟性が低下。
胸郭の柔軟性低下は呼吸機能に影響し、体内のガス交換(体内に酸素を取り込み、体内の二酸化炭素を排出する)がうまく行われません。
ガス交換の効率が落ちると身体のすみずみまで酸素を運ぶことができず、細胞や組織の新陳代謝がわるくなります。
交感神経の活動を活発にする要因
交感神経の活動を活発にする要因には以下のようなものがあります。
- ハードなトレーニングと絞り込み
- 運動不足
- 精神的なプレッシャーやストレス
- 過度な集中の持続
- 冷えと乾燥(脱水状態)
- 生活習慣の影響:睡眠や食習慣
ぬけぬけ病の対処、予防法
「ぬけぬけ病」の原因としてあげた3つに対して、それぞれの対処法をご相談します。
筋肉のバランスを整える
その競技に特化したトップアスリートほど、筋肉の使い方に偏りがでてきます。
よりプレーに最適な身体の機能・構造に順応するわけです。
ただその状態が長く続けば、ある1ヶ所に負担が集中したり、反対に弱化したりして関節のコントロールを失うことにも。
酷使する筋肉は硬く、縮んだ状態になっています。
練習やトレーニングの後にはストレッチで緩めてあげましょう。
練習後のストレッチでは、反動をつけずに、筋肉をじわーっと伸ばすイメージ。
フォームローラーを使うのも自分では伸ばしづらい筋肉を緩め、関節可動域を広げるのに有効です。
練習やトレーニングではできるだけ、反対の動きも取り入れるようにしましょう。
例えばプロゴルファーは、ふだん右打ちなら、練習で左打ちの素振りも習慣にしているそうです。
ふだんとは違う競技やスポーツを楽しむのも有効です。
日本では、最初にはじめた競技やスポーツをずっとやり続けるケースがほとんど。
しかし、筋肉や関節のしなやかな動き、脳・神経系の発達などを考えると、いろんなパターンの動きを取り入れるのが大事です。
またたまに違うスポーツを楽しむのは、気分のリフレッシュにも最適です。
トレーニングの一部としてや、オフシーズンなどに取り入れてみてはいかがでしょうか。
体幹を生かし、全身をつかった動きを身につける
ひとの動きは、つねに体幹から始まります。
体幹が動くことで、身体の重心が動き、運動のエネルギーが生まれます。
体幹のコントロールがなければ、姿勢を保ったり、目的の動作をおこなうことはできません。
「体幹トレーニング」は、よく取り入れられているでしょう。
ただ、キープしたり、負荷をかけたりするだけでなく、「しなやかに動ける柔軟性」がもっと大事です。
体幹をしなやかに動かすことで、体の局所にかかる負担を分散。
全身をうまく活かしたフォームになり、ケガの予防やパフォーマンスアップにつながります。
体幹をしなやかに使うオススメのストレッチはこちら🔽
自律神経をコンディショニングする
自律神経は、「交感神経」と「副交感神経」の両者がともに高い活動レベルで安定しているのが理想です。
しかしハードワークや精神的なストレス、人間関係の悩み、睡眠不足などによって交感神経のほうが活発になりやすい。
そこで日々のコンディショニングでは、「副交感神経」を高めるように心がけましょう。
副交感神経を高める行動はこちら🔽
- たっぷり寝る
- お湯につかる入浴
- 深呼吸
- こまめな水分補給
- 腸内環境によい食事
- ゆるやかな運動
- ゆっくりとしたストレッチ
- 背骨を動かす
- 笑顔になる
- 親しい友人やパートナーと話す
- 好きな音楽や香りでリラックスする など
こうした行動を習慣にしていただき、自律神経のバランスを整えましょう。
交感神経と副交感神経がともに高いレベルで安定していれば、細胞のすみずみまで血流が行き渡り、筋肉の適度な緊張感が保たれます。
また呼吸や心機能もベストコンディションとなり、持てるチカラを存分に発揮できるようになります。
まとめ
最後までお読みいただきありがとうございます。
「ぬけぬけ病」の原因には、①筋肉のアンバランス、②力の伝達傷害、③自律神経の異常があります。
その対処法として、“酷使した筋肉のストレッチ”や“いろんなスポーツを楽しむ”、“体幹をしなやかに動かす”、“副交感神経を高める行動を習慣にする”ことをご紹介しました。
ぜひふだんの練習やトレーニング、コンディショニングに取り入れていただき、ケガの予防、パフォーマンスアップにお役立ていただければ嬉しいです。
原因不明といわれる症状に苦しむ選手がいなくなることを願っています。